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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)104号 判決

控訴人 株式会社中華国際新聞社 外一名

被控訴人 中華民国

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人らに対する部分を取り消す。被控訴人の控訴人らに対する請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において、「(一)被控訴人主張の請求権については、日本の裁判所は裁判権を有しない。本件借款のなされた昭和二十五年当時は、日本国は、占領下にあり、「民事裁判権の特例に関する勅令」によつて連合国占領軍に附属し、又は随伴する連合国の人又は団体に対しては民事裁判権を有しなかつた。本件借款の一方の当事者である中国代表団は、連合国占領軍に附属する団体であるか、連合国占領軍の内部機関であり、その相手方である国際文化企業公司は、占領軍に附属し、又は随伴する団体である。仮に控訴人株式会社中華国際新聞社がその相手方であつたとしても、同会社は、国際文化企業公司が当時設立過程にあつて未だ存在していなかつたため、既存の在日中国人の経営する株式会社として相手方となつたにすぎず、同じく占領軍に附属し又は随伴する団体と目すべく、いずれにしても本件借款に基因する争訟については、その当時日本国は民事裁判権を有しなかつたものであり、現在においても有しない。(二)仮に本件につき、日本の裁判所において裁判権を有するとしても、本訴の最初の原告は、中華民国駐日大使董顕光であつて、後に中華民国と変更したが、右は当事者の変更であつて不適法である。(三)本件は、連合国とその国民間の日本の主権の外における借款行為であつて、日本法上の法律効果は発生しない。控訴会社が日本法上の法人登記をしているからと言つて、日本法人と外国との間の消費貸借の如く速断するのは誤りである。控訴会社は、当時前記(一)記載のように、占領軍に附属し又は随伴する団体であつたのである。また原審鑑定人横田喜三郎の鑑定の結果によれば、中国代表団は、在日中国人の保護監督を行う限りに於てのみ、中華民国の機関であり、在日中国人又は日本法によつて設立された在日中国人の経営する株式会社に対する範囲に於てのみ金員の貸付をする権限があつたものとされている。これによつても本件借款行為が日本法上の法律効果を発生する性質のものでなく、中国代表団なるものは、かかる法律効果を発生する行為の主体であり得なかつたものである。(四)本件当事者は、その本国である中華民国の裁判管轄に委ねることを合意していた。従つて、本件法律行為の成立及び効力についても、中華民国法によるべきことを合意していたのである。甲第一号証には、借用期間が中華民国の暦によつて表示され、第一保証人、第二保証人、見証人のような日本法にない用語が使用され、担保物について、「担保物である土地建物等の登記済権利証及び必要書類は代表団に於て保管し置き、万一借主に於て満期に至るも借款を返済せざる場合は、代表団は法律上の手続を経ないで、直接右不動産を処分し、清算されても差支ない。」と記載されているのであるから、本件の準拠法は中華民国の法律である。(五)中国代表団の権利義務の承継者が現在の中華民国であるということはできない。本件行為当時中華民国を構成していた領土人民の殆んどは、現在中華人民共和国を構成している。現在の中華民国は台湾に亡命した一地方政権に過ぎない。少くとも昭和二十五年当時中国代表団によつて代表されていた本国は、現在は中華民国と中華人民共和国の二つにわかれて存在していることは、客観的事実であるので、右代表団によつて代表された本国の権利義務が右何れの国家によつて承継されたかは、本国の法律によつて決する外はない。日本が中華人民共和国を承認していないことと、中国代表団が代表した本国の権利義務がいずれの国家によつて承継せられたかということとは、無関係である。(六)仮に本件借款行為に日本の法律の適用があるとすれば、本件借款は、米ドルの借款であるから、外国為替及び外国貿易管理法第二十二条に違反し、民法第九十条によつて無効であり、中国代表団及びその承継者は民法第七百八条によりその給付の返還を求めることができないものである。(七)被控訴人の控訴人らに対する本訴請求は、次の理由により違法な請求であるから、棄却せらるべきである。(イ)被控訴人は、外国為替及び外国貿易管理法(以下法と略称する。)にいう非居住者であり、右代表者たる特命全権大使は、居住者に該当する。控訴人林炳松は、現在は非居住者である。被控訴人が本件金員の支払を直接に求めるならば法第二十七条第一号あるいは第二号にていしよくし、全権大使に支払うことを求めるならば法第二十七条第三号にていしよくする。(ロ)被控訴人が控訴会社に対して金員の支払を求めることは、法第二十八条にいう「外国にある者に対する支払若くは利益の提供」に該当し、特命全権大使に対し支払うことは、「本邦において居住者に対して支払う」こととなり、法第二十八条にていしよくする。(ハ)本件消費貸借は、「居住者間の外貨債権」を発生する契約であることにおいて、法第三十条第二号に違反し、控訴人林炳松に対して七百二十万円の支払を求める点において法第三十条第一号にていしよくし、控訴会社に対して弁済を求める点において、法第三十条第三号に違背し、中国代表団が被控訴人の機関として非居住者ということになれば、本件消費貸借契約は、居住者と非居住者間の債権を発生せしめる契約である点において法第三十条第三項に違反する。これを要するに、本件債権は、その発生、変更、移転及び弁済のいずれにおいても法第三十条第一ないし第三号にていしよくし、無効のものである。(八)元来本件金員は、貸金でなく、援助であつて、援助を受けた相手方は国際文化企業公司である。本件金員米貨二万ドルは、昭和二十五年六月一日に中国代表団から当時の国際文化企業公司の代表者である林以文に交付された。ついで昭和二十五年八月三十一日中国代表団の「批准」により同年九月林以文から、同人の後継者として国際文化企業公司の代表者となつた林炳松に交付されたものである。従つて昭和二十五年六月一日に中国代表団と控訴会社との間に金員の授受はなく、その後も本件金員が控訴会社に交付された事実は全くない。甲第一号証に記載された意思表示は強迫による意思表示であるから、控訴人らは本訴においてこれを取り消す。」と述べ、被控訴人において、「(一)中国代表団は、当時連合軍総司令部によつて連合国の一員として承認され、かつその後日本と平和条約を締結した中華民国の機関であつた。被控訴人がその特権を放棄して、他国の裁判権に服することは、許されていることである。かつ昭和二十五年当時、日本において連合国人(私人)が治外法権を有していなかつたことは、昭和二十一年五月公布勅令第二七三号、民事裁判権の特例に関する勅令の規定によつても明らかである。(二)被控訴人は、原告の表示の誤りを訂正したに過ぎず、本訴において当事者の変更はない。仮に当事者の変更であつたとしても、控訴人らは、変更後数回に亘る口頭弁論において何の異議も止めなかつたから、当審において異議を述べる権利はない。(三)本件取引の準拠法を中国法とする合意のあつたことを否認する。本件契約書(甲第一号証の一、二)及び附属書類のいずれを検討しても、そのような当事者の合意は記載されていない。外国語で作成された契約であるからと言つて、その成立及び効力が、その用語の母国法によると解釈されては、取引の安全を継持することはできない。本件取引が日本国内に居住する者の間で行われた以上、その成立及び効力が日本法によつて判断されるのは当然である。契約の内容の中に日本法になじまない担保設定約款があつたとしても、その部分が日本法上有効か無効かの問題がおきるだけである。また裁判管轄権の合意があつたことを否認する。管轄の合意と解せられる明確な意思表示は存在しない。(四)本件取引の当事者である中華民国駐日代表団は、中華民国によつて日本に派遣され、連合国総司令官及び日本国によつて承認された特定の公的機関である。控訴人らのいう中華人民共和国によつて派遣されたものでない。中華民国と中華人民共和国との本家争の論は本件に何の関係もない。(五)外国為替及び外国貿易管理法第二十二条は、本邦の居住者で米ドルを入手した者に、本邦外国為替銀行に売却することを要求しているだけであつて、本邦内における米ドルの授受を禁止しているものでもなく、これを無効としているものでもない。」と述べた外、原判決事実摘示記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

証拠として、被控訴代理人は、甲第一号証の一、二、第二、第三号証、第四号証の一ないし五を提出し、原審証人熊透の証言、原審鑑定人横田喜三郎鑑定の結果を援用し、乙第十号証の成立は不知、その余の乙各号証の成立を認める、と述べ、控訴代理人は、乙第一号証の一、二、第二ないし第六号証、第七号証の一、二、第八ないし第十号証を提出し、当審証人江銘勝、蔡慶播、曾森茂、林炳耀の各証言、当審における控訴会社代表者林進堂尋問の結果を援用し、甲各号証の成立を認め、甲第一号証の一、二を援用した。

理由

まず、本件についての裁判権の有無につき判断するに、原告(被控訴人)中華民国は、もとよりその自制によるの外日本の主権に服するものではないけれども、自ら原告として日本の裁判所に民事訴訟を提起している以上、その限度において日本の民事裁判権に服するの意思を明らかにしているものというべきであるから、本訴訟に関する限り当裁判所が被控訴人に対して裁判権を有することはいうまでもない。また控訴人株式会社中華国際新聞社が日本法によつて設立された株式会社でありながら占領当時占領軍に附属し又は随伴する団体にあたることは、たといその経営者が在日中国人であつたとしても、到底認めることができず、同林炳松に至つては、何が故に日本の民事裁判権を及ぼすことができないか理解することができず、控訴人らのこの点について理由とするところは、すべて独断にあらずんば法の誤解というのほかなく、採用に値いしない。

次に、控訴人林炳松は、被控訴人は、本訴提起前である中華民国四十年(昭和二十六年)十二月控訴人林炳松を被告として台湾台中地方法院に本件貸金取立の訴を提起し、この訴訟は目下係属中であるから、本訴は二重起訴の禁にふれる不適法のものである、と主張しているけれども、民事訴訟法第二百三十一条にいう「裁判所」とは、日本の裁判所を意味し、外国の裁判所をふくまないものというべきであるから、この点についての控訴人林炳松の主張も理由がない。

次に、控訴人らは、本件当事者は、その本国である中華民国の裁判管轄に委ねることを合意していたと主張しているけれども、本件一切の証拠によるも、かかる管轄の合意のあつたことを認めることができない。

次に控訴人らは、仮に日本国が本訴について民事裁判権を有するとしても、その原告は、当初中華民国駐日大使董顕光であつて、後に中華民国と変更されたのは、当事者の変更であつて不適ばかりでなく、同大使は本訴において中華民国を代表する権限を有しない、と主張しているけれども、本件訴状の記載を見るに、本訴は中華民国に属する権利を中華民国の日本における代表者である同国駐日大使が行使するものであることが明らかであるから、右原告の名称の変更は、当事者の変更ではなくて当事者の表示を明確にするためこれを訂正したにすぎないものと解するを相当とすべく、また原審における鑑定人横田喜三郎鑑定の結果によれば、外国の法廷において国家が訴訟を行う場合は、当該国家によつて特別の代表者が任命されない限り、当該国の外交使節がこれを代表として訴訟を行うことが国際慣例と認められるから、本件の場合において駐日中華民国全権大使たる董顕光が被控訴人を代表することは当然であつて、控訴人らの前記主張はいずれも理由がない。

よつて進んで本案について判断する。

まず本件における法律行為の成立及び効力に関する準拠法につき審究するに、控訴人らは、これを中華民国法とする合意があつた、と主張しているけれども、本件一切の証拠によるも、本件の準拠法につき、これを中華民国法とする当事者の意思であつたと認めるに足る証拠はない。成立に争のない甲第一号証の一(借用証書)の第一保証人、第二保証人(見証人)、あるいは担保物に関する約定の記載から準拠法についての黙示の合意があつたと解することは相当でない。従つて法例第七条第二項により当事者の意思分明ならざる場合にあたるものとして行為地法たる我が国法をもつて本件法律行為の準拠法とするのが相当である。

次に控訴人らは、本件は、連合国とその国民間の日本の主権の外における借款行為であつて、日本法上の法律効果は発生しない、と主張しているけれども、本件法律行為の準拠法を我が国法とするのが相当である以上、本件借款行為につき我が国法に従つた法律効果が発生すべきことは、もとより当然のことであつて、控訴人らの主張は理由がない。

よつて、我が国法に従い、まず被控訴人主張の消費貸借の成否について判断するに、成立に争のない甲第一号証の一、二、乙第二号証及び原審証人熊透の証拠を綜合すれば、中華民国駐日代表団(以下中国代表団と略称する)は、昭和二十五年(中華民国暦三十九年、西暦千九百五十年)九月一日さきに林以文をして保管せしめていた米貨二万ドルを、控訴人中華国際新聞社社長並びに国際文化企業公司董事長としての林炳松に引きつがしめ、これを消費貸借の目的として控訴人中華国際新聞社並びに訴外国際文化企業公司を借主とし、控訴人林炳松を保証人として、借用期間昭和二十五年六月一日から向一年間無利息の約定で貸し渡したことを認めることができる。

しかして、成立に争のない乙第三ないし第六号証、当審証人蔡慶播の証言を綜合すれば、前段認定の消費貸借において借主の一人として表示せられている国際文化企業公司は、日本名を国際文化企業株式会社と名ずけ、我が国商法の規定に従い募集設立の方法で設立手続中であつたいわゆる設立中の会社で、昭和二十五年八月中には資本金一千万円中九百九十三万円の払込もあつたのであつたが、右会社設立について外資委員会の許可がなかつたため会社が成立するに至らないで終つてしまつたことを認めることができる。しかして前掲乙第五号証、甲第一号証の一、二を綜合すれば、前段認定の中国代表団貸与金は、国際文化企業株式会社の成立の後同会社の所有名義の印刷工場を建設し、その印刷工場で控訴人中華国際新聞社発行の新聞紙を印刷し、結局控訴会社の再建に資する目的であつたことが認められるけれども、右国際文化企業株式会社が成立に至らなかつたため、中国代表団支出の右資金はすべて控訴会社の使用するところとなつたことは、当審証人江銘勝、蔡慶播、曽森茂、林炳耀の各証言、当審における控訴会社代表者林進堂の尋問の結果を綜合してこれを認めるに難くないところである。

控訴人らは、中国代表団交付の右金員は、貸金ではなく、贈与であるものの如く主張し、当審証人江銘勝、蔡慶播、曽森茂、林炳耀の各証言、当審における控訴会社代表者林進堂尋問の結果中には、右控訴人の主張にそう証言、供述があるけれども、右は前掲甲第一号証の一、二の明文に反し、到底これを信用し難い。もつとも、控訴人らは、甲第一号証の一は、控訴人林炳松が強迫されて作成したものであり、とつてもつて証拠になし難いが如き主張をし、あるいは、甲第一号証の一の意思表示は取り消すと主張しているけれども、強迫の点についての当審証人江銘勝、曽森茂の各証言、当審における控訴会社代表者林進堂尋問の結果だけでは、強迫の事実を認めるに足らず、他に強迫の事実を認めるに足る証拠はない。なお前掲甲第一号証の一、二のみならず、前掲乙第五号証(国際文化企業株式会社設立趣意書)中にも、「国際新聞社は結局閉鎖のやむなきに至るので、林社長が再三代表団に援助を求め、再建に奔走して来た結果、代表団から次のような指令を出されたのである。……2新会社を作つて華僑から出資を募り、代表団はこれと同額の資金融通をやること。」と記載されており、資金融通とは資金の貸渡の意味に解せられることから考えても、中国代表団支出の右金員は、贈与とは解せられないことは明らかである。

しかして中国代表団貸出の前記二万ドルの借主は、控訴会社とついに成立するに至らなかつた当時設立手続中であつた国際文化企業株式会社の二であるところ、右金員の貸借は少くとも控訴会社にとつては商行為であることは、控訴会社が新聞の印刷及び発行を目的とし、我が商法の規定に則つて設立された株式会社であることの当事者間に争のない事実に徴し、明らかであるから、本件貸金債務につき、控訴会社と設立中の会社であつた国際文化企業株式会社とは連帯債務を負担すべく、これが保証債務を負担した控訴人林炳松もまた主債務者の一人である控訴会社と連帯してこれが保証債務を負担すべきものであることは、商法第五百十一条の明定するところである。

次に、中国代表団が控訴会社らに貸しつけた金員は米ドルであるから外国為替及び外国貿易管理法第二十二条に違反し、無効であるとの控訴人らの主張について判断するに、前記甲第一号証の一、二、並びに当審証人蔡慶播の証言によれば、当初中国代表団から林以文に米貨二万ドルの小切手一通が交付されたのは、昭和二十五年六月一日であつて、右は直ちに林以文の銀行口座に振り込まれ、ついで同年九月一日控訴会社並びに設立中の会社であつた国際文化企業株式会社の代表者たる資格における林炳松に引きつがれたことが認められるところ、昭和二十五年六月一日当時は連合国最高司令官が発行したドル貨表示の外国貿易支払票が連合国最高司令官によつて許可された施設並びに外国人間に流通し、かつ許可を得たもののドル貨による銀行預金勘定が認められていたこと、ついで昭和二十五年七月一日よりは右外国貿易支払票は引き揚げられドル貨による銀行預金勘定も廃止され、これに代るものとして「交換円」と呼ばれた特別預金勘定が外国為替銀行に設定され、その残額は随時自由に米ドルもしくは英ポンドに交換して対外支払等に用いることができるものとされたこと、交換円特別預金勘定は甲種、乙種と区別され、甲種は預入円貨の源泉が米ドル為替又は米ドル預金であつて、甲種は米ドルの購入に使用し得るものであつたこと、交換円小切手の受取人が特別預金勘定をもつているときは、これを同勘定に預入し、交換性を持続することを許されていたこと、控訴人らの指摘する外国為替及び外国貿易管理法第二十二条は、昭和二十五年政令第二百二号により同年六月三十日に施行されたものであることがいずれも当裁判所に顕著であつて、これによつて考えるに、林以文から林炳松に対する米貨二万ドルの引渡は、それが昭和二十五年九月一日になされた以上、交換円をもつてなされたものと認められ、前段認定の事実関係並びに法制の下においての中国代表団よりの米貨二万ドルの授受はいささかも違法の点なく、これをもつて公序に反するものとなす控訴人らの主張はあたらない。従つて円貨によつて右米ドル二万ドル相当額の返還を求めることが、民法第七百八条にあたるということができないことは明らかである。

次に、中国代表団の控訴会社並びに控訴人林炳松に対する右消費貸借に基く権利の承継者が被控訴人中華民国であるか否かについて判断するに、中国代表団が被控訴人中華民国の公の機関として連合国最高司令官並びに日本政府によつて承認されていたことは、当裁判所に顕著なところであり、原審鑑定人横田喜三郎鑑定の結果によれば、中国代表団は、被控訴人中華民国によつて連合国最高司令官に対する諮問機関である対日理事会の構成員として派遣されていたもので、占領の初期から中国人の保護監督を行つており、右保護監督行為は、最高司令官並びに日本政府によつて承認されていたこと、しかして右保護監督行為中には在日中国人や在日中国人の経営する株式会社に金員を貸しつけることもふくまれるものであること、中国代表団の金員貸付行為は被控訴人中華民国を代表して行つたものであることが認められるから、被控訴人中華民国は前段認定の金員貸付の時、右貸付に基く権利を取得したものというべきである。

しかして、右金員貸付当時の中華民国と今日の中華民国とは、その統治権が現実に及ぶ領土に異動があるにせよ、我が国が、中華民国の統治組織の同一性は終始変るところなく維持されておることを承認していることは、当裁判所に顕著なところであるから、被控訴人の法人格の同一性には終始変るところがないものというべきである。この点についての控訴人らの主張は理由がない。

次に控訴人らは、外国為替及び外国貿易管理法(以下法と略称する)の各法条をあげて本訴は違法の請求である、と主張しているので、その主張するところを以下順次検討する。

(イ)  控訴人らは、本訴請求は、法第二十七条に違反する、と主張しているけれども、我が国に居住する他国の外交使節は本法にいわゆる非居住者とみなされており、(昭和二六年一二月二〇日蔵為第六一三七号日本銀行宛通牒参照)かつ本件は法第二十七条第二項第二号にあたるものと解すべく、被控訴人が円貨の支払を求める限り法第二十七条第一項の禁止ないしは制限を受けないものである。

(ロ)  次に控訴人らは、本訴請求は法第二十八条に違反する、と主張しているけれども、本件は非居住者に対する支払と認められること前段説明のとおりであるから、法第二十八条の関するところでない。

(ハ)  控訴人らは、本訴請求は法第三十条に違反する、と主張しているけれども、法第三十条の規定は外国為替管理令第十三条によつて緩和されており、日本国内において円貨の支払を求める債権の当事者となることについては、それがいわゆる代償取引(外国で財産を取得したり譲渡したりする代償として円貨を授受する取引)でない限り債権の発生については何らの制限がないものと解せられ、支払の段階において、非居住者に対する支払の制限を受けているに過ぎないのである。しかして当時のいわゆる交換円は、現実に円紙幣と交換せられるときは、ドル貨に交換せられる可能性を消失するものであつたことは当裁判所に顕著であり、本件ドル貨が控訴会社ないしは設立中の国際文化企業株式会社のため使用されることを予定されていたのであるから、これが返済にあたつては当初より円貨を以てなされることないしは、甲第一号証の一掲記の控訴人林炳松所有の資産をもつて代物弁済されることを予定しておつたのであつたことは、前掲甲第一号証の一、二によつて明らかであるから、本債権は円貨債権たるの実質を有していたものというべきである。

そうすれば、本訴請求をもつて、外国為替及び外国貿易管理法違反であるとする控訴人らの主張はすべて理由なきことが明らかであり、仮に同法の制限に服する場合でも、本件判決確定の後正規の手続を経由して執行するを以て、足るものというべきである。

よつて、控訴会社及び控訴人林炳松は、被控訴人に対し連帯して元本である米貨二万ドルを基準外国為替相場(本件金員貸付当時も現在も一ドル三百六十円であることは、当裁判所に顕著である)に換算した邦貨七百二十万円並びにこれに対する約定弁済期日の翌日である昭和二十六年六月一日から支払ずみまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払う義務あるものというべきである。それ故被控訴人の本訴請求を認容した原判決は正当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条第九十五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大江保直 猪俣幸一 古原勇雄)

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